朝の祈祷会でのメッセージ(ルカによる福音書2章29節から)

シメオンは幼子イエスを抱いて言った。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり

この僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます」。

安らかに去る……シメオンは老境にあったのだろう。

「去る」とは、自分の持っているものをすべて失うことである。

しかし、彼は「安らか」である。

彼自身の言葉で言えば、「救いを見たから」。

この世でのことは、もう問題にならない。

それゆえ、シメオンは幼子の将来をマリアに伝える。

マリアに対して、「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」とまで言う。

しかも彼は、「祝福しながら」そう言うことができる。

神の救いの現われを前にしては、この世のことは問題にならないから。

神の現実とこの世の現実は隔絶しているから。

隔絶しているところから、神の現実が差し込んできた。

それゆえの安らかさであり、祝福である。

私たちも、その同じ現実にあずかっている。