
シメオンは幼子イエスを抱いて言った。
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
この僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます」。
安らかに去る……シメオンは老境にあったのだろう。
「去る」とは、自分の持っているものをすべて失うことである。
しかし、彼は「安らか」である。
彼自身の言葉で言えば、「救いを見たから」。
この世でのことは、もう問題にならない。
それゆえ、シメオンは幼子の将来をマリアに伝える。
マリアに対して、「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」とまで言う。
しかも彼は、「祝福しながら」そう言うことができる。
神の救いの現われを前にしては、この世のことは問題にならないから。
神の現実とこの世の現実は隔絶しているから。
隔絶しているところから、神の現実が差し込んできた。
それゆえの安らかさであり、祝福である。
私たちも、その同じ現実にあずかっている。